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2009年5月10日 (日)

三沢伸生(監修) 日土協会『日土協会會報』(CD-ROM, Ver. 1)

三沢伸生(監修),日土協会『日土協会會報』(CD-ROM, Ver. 1,東洋大学アジア文化研究所<非売品>)

Nittokyokaihohyoshi
戦前期に出版された雑誌『日土協会會報』が電子化された。監修者の三沢伸生・東洋大学准教授は,戦前期のイスラム(当時は回教が一般的)関係の雑誌を電子化してる。戦
前期に出版された雑誌『回教圏』が複刻されたことがあったが,雑誌を全巻書棚に置いておくのもなかなか大変で,電子化は場所を取らないというメリットがある。それに加えて,電子化により検索が容易になっている。これも監修者のおかげである。

トルコ・日本の間には正式の外交関係が長い間なかった。オスマン帝国が第一次世界大戦で敗戦国となり,英・仏・伊・希によって植民地化され分割されようとした。その時,ムスタファ・ケマル(後のアタテュルク)将軍が独立闘争を開始した。最終的に1923年,トルコ共和国を樹立し,欧州列強の勢力をトルコから駆逐した。

1923年,トルコと欧州列強の間でローザンヌ条約が調印された。この条約には日本も調印した。これにより,新生トルコ共和国と大日本帝國が正式に外交関係を樹立した。ここに正式に外交関係が樹立したが,1875(明治8)年の交渉開始以来半世紀近い歳月が経過していた。

1925年,イスタンブルに日本帝國大使館,東京にトルコ共和国大使館が開館している。当時,在外公館は公使館を置くのが普通であったが,中東で最初の大使館を開館した。これは日本はトルコを重視していた現れであった。

日土協会は,日本・トルコ交流を拡大するため,1926(大正15)年6月15日に東京に設立された。トルコのことを土耳古,土耳其と漢字表記していたことから,「土」の字が用いられている。現代では,外国地名(中国を除いて)を漢字表記しなくなっているが,いまアンカラに土日基金がある。「土」がトルコを意味することを知らずに,土曜と日曜の基金とは何ですかとガイドに質問した日本人観光客がいたそうだが,それも土耳古という言葉を日常使わないから当然かもしれない。

日土協会は,1926(大正15)年12月20日に機関誌(非売品)として『日土協会會報』を創刊した。不定期の逐次刊行物として刊行された。1942(昭和17)年7月1日刊行の第28号が終刊のようであると監修者は指摘している。第2次世界大戦の終結により,日土協会は活動を停止した。終戦後,「土耳其協会」なり,1971(昭和46)年設立の「日本・トルコ協会」が日本・トルコの友好関係に貢献している。

『日土協会會報』は,非売品ということもあって,会員だけに配布されたため,国立国会図書館などで一部が収蔵されているに過ぎない。今回,監修者三沢氏の尽力により全巻電子化されたことは,日本・トルコ関係史を知る上で大きな意味がある。内容は,国際ニュースに容易に近づける現代とは違い,トルコ事情が多い。その中でもトルコ経済や日土間貿易の論文が多い。面白いことにトルコ隣国のルーマニア,ブルガリ,ギリシアの経済状況も掲載されている。会員には日土貿易に従事する人が多くいたのであろう。第24号(昭和15年3月31日発行)前後から,内容的にも現地の報告が消えている。日中戦争期の戦時体制下の検閲と関係があるのかもしれない。

本CD-ROMは非売品であるが,公共図書館に納められているから閲覧は可能。
今回,ご恵存頂きありがとうござました。

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