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2009年5月25日 (月)

日露戦争と親日老人

Kaikyosekaino1vol03

日露戦争が日本の勝利に終わると,日本はロシアや欧州列強の圧迫下に生活していたアジアの人々に希望を与えた。日本を直接知らないが,日本への片思いが親日家を誕生させた時代があった。

大日本回教協会の機関誌『回教世界』(昭和14年6月号)の彙報に,「テヘランの親日老人」が紹介されている。

「…テヘランの都に日露戦争後今に渝らぬ親日家ガイム・マグハミ氏は一人住んでいることは面白い。住居が隙間なく日本色一色に彩られているのには驚喜した応接室の壁には明治天皇,今上天皇の御真影を始め奉り東郷元帥,乃木大将の写真,日露戦争絵巻,日の丸の旗,東京の絵葉書などを一杯に飾りつけ,飾壇には扇子,漆器の手函,人形,写真帳,煙草入れ等々よくもこれだけ集めたものだ。
 彼は日露戦争後急に日本が好きになって73歳の今日迄一貫して日本贔屓で押通した。彼が目下書いている日露戦争史は日露戦争両軍配置の詳細な地図迄入れて中々大部の書物である。日本人が来れば必ず訪問しるし又この界隈では誰も彼の名前を呼ぶ者はなく,日本通の爺さんで通って居るというから愉快だ。」

 
この親日老人は日露戦争から30年間も親日を続けているから筋金いりといえるであろう。このような老人がでるぐらい,日露戦争が与えた影響は大きく,日本はアジアの希望の星であった。この老人が憧れた日本がこの雑誌出版から数年にして壊滅的な損害を受けたことを知るまで長生きしたのであろうか。この報道以外,この老人に関してその後全くなく,彼の動静は不明である。

この老人が執筆していたペルシア語の日露戦争史はその後出版されたかどうか,筆者は寡聞にして不明である。出版されていないならば,いまでも遺族に原稿が残されているのであろうか。

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