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2009年5月29日 (金)

朝鮮戦争とトルコ軍

Koreturk写真は国連軍として朝鮮半島に派兵されたトルコ軍兵士が休暇で韓国の町中を散歩している姿。

朝鮮戦争が勃発すると,北朝鮮軍の勢いは米軍の予想を超えて破竹の勢いで南下し,釜山近郊まで米軍が追い詰められた。国連は国連軍の朝鮮派遣する決議をした。この決議に基づき,マッカーサー元帥が司令官とり,国連軍が派遣されることとなった。

マッカーサー元帥率いる米軍は仁川上陸を敢行し反攻を開始し,北朝鮮軍を北へ追い詰めていった。米国はトルコのメンデレス首相にトルコ軍の朝鮮派兵を求めた。メンデレス首相も米国の要請を受諾し,トルコ軍を国連軍として派兵を決定した。トルコが米国に次いで2番目の派兵であった。トルコは1個旅団(5090名)を派遣した。後に,トルコ大統領になるケナン・エヴレンも陸軍大尉として従軍している。

中国人民義勇軍が鴨緑江を越えて北朝鮮軍に加わると,戦争の状況も国連軍にとって一進一退の状況になっていった。トルコ軍は朝鮮戦争で奮戦したが,斃れた将兵も多かった。負傷した将兵は日本に後送され,九州大学病院や聖路加病院(占領下では,接収され《極東米軍中央病院》と呼称)で治療を受けた。日本で一時滞在したトルコ軍の将兵たちはトルコ帰国後,日本の様子を伝えた。彼らはトルコの一般の人々の間での親日感情を醸成するのに貢献している。

トルコは第2次世界大戦中,中立を保って戦争の被害を直接受けることはなかったが,1950年代のトルコは経済的に豊かではなかった。メンデレス政権が対米関係を重視して出兵を決定した。このトルコ軍の派遣はトルコ政府にとって重い負担であった。多くの戦死者や負傷者を出した,トルコの国連軍参加が西側諸国で評価された。これがトルコのNATO加盟へとつながっていく。トルコ人の流した血の代償であった。

韓国は,朝鮮半島で命を失ったトルコ軍将兵に感謝し,アンカラ中央駅前の公園にトルコ・韓国の友好の塔を建立している。

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