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2010年10月

2010年10月23日 (土)

ロシア連邦はイスラム化?

ロシアの国勢調査の結果が公表された。それによると、ロシアの人口が1993年の1億4856万から2008年の1億4200万と、656万人の減少となった。近隣諸国(旧ソ連邦の構成共和国)からの流入があったため、この程度の人口減少にすんだ。流入がなければ、ロシアの人口減少は1240万になっていた。

メドジェヴェーエフ政権はロシアが大国であることを、つねに演説で語っている。しかし、人口が減少する国が大国を維持することは難しい。少子高齢化で衰退期に向かっている日本と同じ状況にある。しかし、ロシアと日本の違いは、ロシアにイスラム教徒の流入とロシア南部でのイスラム系民族の出生率が高まっていることである。

タジキスタンなどからロシアへ人口流入が起こっている。これらの人々は労働者として、いわゆる3K労働に従事している。ロシアをイスラム教徒が底辺で支えている。これをスラブ人たちが享受しているのが実情である。米国が移民に支えられているのと似た状況にあるが、ロシアは米国とは違い国家の活性化や活力には向かってはいない。

21世紀、確かにロシアのイスラム教徒が増えていくが、彼らの地位向上がロシアにおいて、これから大きな問題となるであろう。なぜなら、ロシア人はロシア正教を信じていて、イスラムとの融和は難しいから・・・。

2010年10月22日 (金)

カザフスタンの地下鉄と韓国車両

中央アジアにおいて韓国の「現代(ヒュンダイ)」、「サムスン」などの大企業のみならず、中小企業の活躍は目覚しい。アシアナ航空は仁川(インチョン)国際空港とタシケント、アルマトゥに直行便を飛ばしている。ウズベキスタン航空やカザフスタンの航空会社も仁川空港にに乗り入れている。韓国人と中央アジアの人々の移動や交流は、日本よりも数においてはるかに大きい。韓国はユーラシア大陸の一部である。島国の日本とは地理的に大きく状況が異なっている。

日本企業は、中央アジアでの活動が目立っていない。ODA(政府開発援助)に依存して仕事をする企業がおおく、リスクを取ろうとしない。韓国系企業はリスクを取る点では日本企業よりも進んでいる。この点でも日本の企業は、ビジネス・チャンスを逃している。

いまカザフスタンの旧首都アルマトゥで地下鉄工事が行われている。完成に向けて工事が行われている。いま、6駅ができいて、7番目のバイコヌール駅も完成に向けて工事が進められている。この地下鉄1号線は、2011年12月に完成予定である。1991年12月に独立したカザフスタンの独立10年を祝うため、2011年12月が完成予定とされた。

この地下鉄はソ連時代1988年に工事が着手されたが、90年代の経済的な混迷期に中止されていた。ソ連崩壊によるカザフスタン独立後、カザフスタンが石油・天然ガス資源から国庫が潤うようになってから、工事が再開された。アルマトゥは天山山脈の麓にあるため、地下鉄工事が難航したようだ。

ところで、アルマトゥの地下鉄で使われる車両は韓国の「現代(ヒュンダイ)」製である。日本はここでも入札に応札できなかった。韓国企業のカザフスタンでの活躍ぶりに比べると、日本企業の存在は残念ながら目立たない。

日本企業の活力が問われているが、そういう証拠を提出することは、いまや非常に簡単である。しかし、処方箋を示すことのほうがよっぽど難しい。たぶん、一番の問題点は企業などトップの決断が遅いことであろう。それは自分の在任中は問題なく任期を全うしたいという、志のなさによるものであろう。

2010年10月21日 (木)

トルコの国内鉄道整備と中国

トルコからの報道によると、

トルコは、6,000kmの高速鉄道と4,000kmの在来線の線路を2023年までに整備するというトルコの目標を達成するためには、450億ドルが必要である。先週中国と結ばれた合意によると、中国がこのうち280億ドルをファイナンスする予定。

中国は、国内外で総計2,000kmの鉄道線路建設を目標としている。このため、リビア、アルジェリア、および米国においても多くのプロジェクトを実施している。中国は、欧州諸国での市場開拓のためには、トルコは最適な地域であると考えている。

中国の温家宝首相がトルコを訪問し、エルドアン首相と会談したが、そのトップ外交というか、トップセールの点で中国はトルコで得点を稼いでいる。近年、トルコは経済的政治的に中東における地域大国に変貌しつつある。このような情勢の変化を中国は読んでいる。それに比べると、日本はトルコの重要性について、一部の経済人や政治家が気づいているに過ぎない。だから、日本の首相がトルコを訪問することもない。

日本は、行動が遅いため、トルコでの大きなチャンスをみすみす逃がしている。残念ながら、日本はいまや世界が大きく変化するスピードに追いついていない。中国の政治家はスピードに乗っている。日本の首相がトルコを訪問するような、中国と同じような行動が取れないことで、日本が失うものは非常に大きいことは間違いない。これが国際政治における日本の現状であろう。

2010年10月17日 (日)

『外国における国語の問題ードイツ・トルコ・中国ー』

Kokugoseries47_2 高橋健二・柴田武・村尾力『外国における国語の問題ードイツ・トルコ・中国ー』(国語シリーズ47,文部省、昭和35年)の中で、柴田武が「トルコの文字改革」(36-67頁)を執筆している。

故柴田武は社会言語学者、言語方言学者として、日本語の研究に大きな足跡を残している。彼の言語研究は、トルコ語研究から始まっている。戦時中は内モンゴルのトルコ系言語であるサラール語の研究について発表している。戦後は日本語の研究に関する数多くの発表をしているの比べると、トルコ語に関する論文や論考は少ない。トルコ語が1928年にアラビア語からラテン文字に移行したことを分かりやすくまとめている。この論考が「国語シリーズ」の中におさめられていることから、残念ながらあまり知られていない。

1980年代にトルコを訪問したこと頃、まだアラビア文字によるオスマン・トルコ語教育を受けた世代がいた。メモをアラビア文字で筆記する老教授を見たことがあった。ラテン文字がトルコ語を表記するのに適していても、幼少期に受けた教育が与える影響の大きさを垣間見ることができた。2010年の今では、そのような人もいなくなり、ケマル・アタテュルクが推進したトルコ語の文字革命は完全に成功したものとなっている。

2010年10月15日 (金)

アザデガン油田開発撤退  「日の丸」石油開発は無理?

国際石油開発帝石(INPEX)がイラン南西部のアザデガン油田開発からの撤退を発表した。アザデガン油田の権益約10%を放棄することとなった。INPEXの筆頭株主は経済産業大臣であるから、準国策石油会社である。日本は米国主導の対イラン制裁の圧力に屈した。日本は石油輸入の10%以上をイランから輸入している。イラン石油を買っていない米国とは、日本の立場は違うはずであるが、日本は米国の圧力には弱い。しかし、イランが日本に石油を禁輸すると言ったとき、米国はその分を補填してくれるのだろうか? 多分、米国政府は助けてくれないだろう。日本はいつでもおひとよしでいいのだろうか、もっと現実的な外交をしたほうがいい。日本が失う権益を、中国石油がとるのであろう。イラン制裁に忠実に履行する日本がバカをみて、中国が「漁夫の利」を得るのだろう。日本はイランとの友好関係を失い、何の得もない。

日本外交はもっと現実的であるべきだ。

2010年10月14日 (木)

小林高四郎『イスタンブールの夜 外交余憤録』と外務省革新派

小林高四郎の『イスタンブールの夜 外交余憤録』を前にブログで紹介したが、この小林の書籍を参考文献にしている新書がある。戸部良一著『外務省革新派 世界新秩序の幻影』(中公新書)。その288頁(革新派の戦後)に、小林は匿名にしていた名前が明らかにされている。その部分を引用する。

「戦時下で革新派と目された大使はトルコの栗原正だけである。その駐トルコ大使館では、異常な事態が起きていた。同じ革新派の先鋭分子であった二等書記官の青木盛夫がことごとに大使といがみ合い、大使館には陰謀と誹謗中傷が渦巻いていた。青木はかつて栗原東亜局長の下でも部下であったはずだが、無能な栗原が大使になれるのは自分たち革新派がバックアップしてやったからだと嘯き、二等書記官でありながら大使館内では大使以上の勢力を振るったという。粘着質の青木は陰では、「青大将」と呼ばれ、ベルリンなど他の在外公館では「アンカラの大王」というあだ名をつけられていたとされる。・・・」

小林高四郎は傍流の調査官出身の外交官で、青木盛夫はエリート外交官で、しかも戦前霞ヶ関で幅をきかせていた革新派外交官であった。小林の不満が戦後、本の形で爆発したのであろう。外務省も陸軍将校と同じく下克上が起きていた。

小林は外務省を戦後辞めて学者の道を歩み、モンゴル史の専門家として名を知られるようになった。学者の彼としては、どういう気持ちであったのか、その後、『イスタンブールの夜』は自ら回収して市場に出回らないようにした。若気の至りという学者の良心を持ち合わせていたのであろう。それに比べると、「青大将」は戦後も外交官として出世している。

ここに登場する青木盛夫書記官は、戦後外務省でキャリア外交官として出世し、特命全権大使(ジュネーブ国連政府代表部や南ベトナム)となって退官している。彼の息子も外交官となり、ペルー大使館人質事件で一躍有名になった青木盛久大使がその人である。

戦前の陸軍将校の下克上は、敗戦により陸軍の解体によりなくなった。外務省革新派官僚(外交官)たちは戦後も生き残り、大使や総領事となって出世した。外務省のキャリア外交官たちが持っていた、鼻持ちならないエリート意識は、単に外交官であるという意識だけではなく、革新派官僚が持っていた国家意識を引きずっていた。

2010年10月13日 (水)

トルコ・リラと人民元

温家宝首相がトルコ訪問した。エルドアン首相と共同会見をした。

トルコと中国との貿易をもっと盛んにするため、貿易決済にはトルコ・リラと人民元(正しくは人民幣)を使うことに合意した。国際通貨であるドルもユーロも使わない直接取引を目指すとのことである。トルコ・リラも人民元も国際的な裏付けのない通貨と言っていいだろう。トルコも中国も大国意識に目覚めており、このような取引決済を目指すのであろう。ある意味で賢明である、ドルやユーロの為替変動を気にしないですむ。

それに比べると、日本は日本円建てによる決済を積極的に勧めてこなかった。経済的に大きな地位を占めていたときなら日本も可能であったが、もうできる状況にはないだろう。

日本には経済大国であっても、大国意識を活用できなかった。だから、円高に引きずられている。トルコも中国も帝国であったので、横柄ではあるが、大国として振る舞うことができる。

2010年10月 8日 (金)

フランス:ブルカ禁止法は「合憲」 ←欧州で多文化共生は虚構

フランス:ブルカ禁止法は「合憲」 来年にも施行

新聞報道によると、フランスの憲法評議会は10月7日、イスラム教徒が顔を含む全身を覆い隠す「ブルカ」などの衣装を公共の場で着用することを禁止する法律について、治安上の理由を重視し、合憲と判断した。これにより、同法は来年春から施行される見通しとなった。

イスラーム世界の女性の服装のひとつである、「ブルカ」を公共の場での着用を禁止するそうである。欧州は人権に関して、世界にいつも大きな発言をしてきたが、イスラーム文化に関しては、「治安」を理由に禁止することのことである。これはイスラーム文化を異質なものとして、治安という言葉を利用して排除しようとしている。自分とは異なる文化や価値観を排除したナチズムになんとなく通じるような気がする。

カトリックの修道女の服装は、顔以外すべて服で隠している、メガネ着用で変装も可能であろうが、キリスト教の服装には「治安」という言葉と結びつくことはない。

EUがキリスト教の価値観だけを共有する世界であるのに、トルコ加盟をちらつかせて、トルコをだましている。トルコ人は新オスマン人の意識を持つようになって、EU加盟にさめつつある。キリスト教の方がイスラームを排除する論理が強い。欧州が唱える多文化共生は、絵空事でしかない。

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